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zoom RSS 愁いと憂い

<<   作成日時 : 2007/01/17 21:07   >>

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ニュースを見て思い出しました。
あの阪神淡路大震災から12年が経ったのですね。

起きてしまった事は起きてしまった事として、 その後 新たに気付かされた事に人がちゃんと追い付いている事を祈るのみです。
地震国が 耐震設計の自信でぐらついてるなんて、本当にシャレになりません。

遅ればせながら、黙祷 …


                                2007. 1.17


私には多くを語る資格はありません、一輪草さんの『鎮魂歌』が全てです …

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コメント(13件)

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鴨さんが目を閉じています。
まるで黙祷をしているかのようです。
遅ればせながら、僕も、黙祷。
早いものです。もう12年が経ちましたね。
庭花
2007/01/17 21:26
ここ数年は9.11に考えることが多いですが、
阪神・淡路大震災のこともやはり当事者じゃないと、
だんだん風化つつあります。
これからのことをかんがえていくと、
危機感の欠如になってしまいますね。
こもれび
2007/01/17 21:48
再度、お邪魔します(笑)。
鴨さんが気になって、じっと見ていたら、だんだん「オナガガモ」に見えてきました。
きっと、「オナガガモ」です。違っていたら、どうしよう。恥ずかしい〜(笑)。
庭花
2007/01/17 22:49
>庭花さん
記憶と言うより歴史になったのかも知れません。

再訪有難うございます。大丈夫、オナガガモです(笑)。雌はともかく、雄は似てる配色の鴨はいないですから自信を持って下さい(笑)。
管理人Akira
2007/01/18 00:25
>こもれびさん
恥ずかしながら私もニュースで知った有様です。9.11は日付自体が事象名ですが、阪神淡路は日付では覚えられませんね。他にも忘れちゃいけない日付は沢山あることでしょう。自分の為にも、せめてブログ上でメモリアルとして拾って行きたいと思っております。
管理人Akira
2007/01/18 00:30
今日(もう昨日か)、という事は記憶していても12年と言う年月までは思い至ってませんでした……そんなに経ったのか、と思う反面で未だにPDSDに苦しむ方もいらっしゃるとか。傷ましい事です。確かその前に北海道でも災害があったと思うのですがそれについてはニュースでも触れませんでしたね……いつ、とは私もはっきり記憶していないのですが。
背後の水面(?)の波がどこか風が吹いているように見え、鴨さん達が岩崖にでも立っているかのようだ、と思いました。
葵翠
2007/01/18 02:26
関東大震災のことを語る人はもう少ないでしょうね。阪神大震災についてもそうならないように祈るのみです。
森の生活
2007/01/18 06:43
北海道では南西沖地震が1993年7月、有珠山噴火が2000年3月・・・。その時期になるとニュースで取り上げられますが、普段の生活では忘れてしまっています。阪神淡路大震災の映像はとても衝撃的で、今でも心に残っています。私は遠くから見ているだけでしたが、ボランティアに駆けつけた人もたくさんいらっしゃいましたね。
湖のほとりから・・・
2007/01/18 07:04
>葵翠さん
被害の規模の大小によってニュース等で取り上げる比率も変わりますからね。でもどんな規模であれ、当事者にとっての痛みに大小はありません。もし自分だったら、と遠くから想像するしかないのでしょうね。
写真は、川岸(護岸)の一段高くなった所で日向ぼっこしてるオナガガモ達です。私はよくやる手法なのですが、人工的な形状の護岸が気に入らなくて(笑)カットする為に目線を思い切り低く(それこそ鴨達と同じ位)して撮るのです。そうすると自然に川面との距離も取れ、旨い具合に遠景としてボケてくれるのです。
管理人Akira
2007/01/18 11:12
>森の生活さん
やはり、当事者、経験者、の存在というのが一番大きいのでしょうね。
管理人Akira
2007/01/18 11:14
>湖のほとりから…さん
北海道南西沖地震の時はちょうど札幌勤務でした。少なからぬ縁がありまして、復興へのほんの微力ながらのお手伝いとして当時 奥尻島に支援に赴いた記憶があります(言わずもがなですが私は行政関係ではありません)。その時に泊めて頂いた宿が復興工事の関係者でとにかくごった返していて、食事も風呂も凄い喧騒の中で全然落ち着けず、「ったく何だよ〜」と思っていました。しかし、翌日あちこちの町の惨状や住む場所が失くなってしまった方々にお会いするつけ、昨日の自分の 人間としてあまりの小ささにいたたまれなくなったものです。あそこまで自分を恥じたのは初めてでした。その時の気持ちは今でも鮮明に覚えています。
その地に立ってみないと見えて来ないことも確実にあります。でも、人には想像力もある筈なんです …
管理人Akira
2007/01/18 11:34
彼方に何が見えますか?
過ぎてきたものですか?これからの事ですか?
あの阪神淡路大震災から12年、でしたね。
まっただ中で身重の体で避難してた友人
(その後直ぐにこちらに転勤して出産)
その時の子どもが受験とかで
あまりの月日の早さを感じました。
Akiraさんの記事の中に一輪草さんを見出して
飛んで行ってきました。
『それが全て』 同感の思いです。
nobara
2007/01/21 13:56
>nobaraさん
写真の彼らは目を閉じてますから彼方は見えません(笑)。強いて挙げるならば、目蓋に焼き付いている出来事でしょうか …
そうですね。12年って、そういう年月ですよね(唖然)。
一輪草さんの記事は“全て”であり、そしてほんの“一部”だと思います。
管理人Akira
2007/01/21 17:42

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